大蛇卓 贈りあう温もり
大宴会場に早変わりしていた居間を見渡すと、大の字になって寝ている真弘先輩や、まだ言い争ってる拓磨と遼がいるものの、肝心の卓さんの姿はなかった。 黙って帰るような人ではないから、まだ家にいるのは確かなんだけど。 ここに居ない、となると……。 ふと、呼ばれた気がして顔をあげると、縁側に向かう障子に視線が向かう。 まさか、ちらほらと雪が舞い落ちる外にいるとは思えないけれど、なぜか視線は何度も引きつけられる。 「……卓さん?」 まさかという心の声を無視してそっと障子を引くと、雪に煙った月明かりの中で影が揺れ、探していた声がした。 「おや、これは驚きました。ちょうど珠紀さんのことを考えていたんですよ」 「そうだったんですか」 こういうのも玉依姫の力なのかな。 呼ばれた気がしたのは、本当だったみたい。 「どんな事か、聞いてもいいですか」 穏やかな声に誘われて隣へ腰掛けようとした体を、軽く上げた手の平一つで留まらせ、卓さんは着物の袂からさっと取り出したものを敷く。 「無いよりは、少しは助けになるでしょう。ここは冷えますから」 紳士そのものの仕草で差し伸べられた手の平に、自分のものを重ねると隣の敷物に誘われる。 腰を降ろしたと同時に、肩に掛けていたストールまで私に掛けようとしてくれるものだから、慌ててその手を押し留めた。 「それじゃ、卓さんが冷えちゃいます。もうこんなに手が冷たくなっているじゃないですか」 「私はかまいませんよ。ふふ、蛇はもともと体温が低い生き物ですから。それより、珠紀さんが寒い思いをする方が耐えられません」 「だったら、二人で……使うってダメ、ですか?」 そうすると必然的に、二人の距離はもっと近く、くっついちゃうことになるけど。 ……なんて、ちょっと大胆な提案だったかな。 恥ずかしさに俯いた肩に、ふわりとストールが掛けられた。 そして。 「それはいい考えですね。こうしていると、より近くに珠紀さんを感じられる」 ストールを落とした手が、そっと肩を引き寄せてくれる。 影だった卓さんが、目の前で微笑んでいた。 「考え事をしたくてここに来ましたが、思わぬ役得です」 さらりと言い切られると余計に恥ずかしい、けど……、考え事というセリフに蘇った問いが羞恥を上回って口を動かす。 「さっき言っていた、私のって事に関係ありますか?」 「えぇ」 こんなに冷える中で考えたい私の事って何? 一人になって考えたい……って、ドラマや小説だとそういうシチュエーションの場合、大抵、あまり良くない事よね。 頷いたっきり、黙ってしまった卓さんの顔が見れないまま、肩に乗る手の温もりだけを強く意識してしまう。 どくどくと鳴る心臓の音が伝わっていたらどうしよう、なんて思いながら次の言葉を待っていると、意外な名前が耳に飛び込んできた。 「狗谷君とは短いお付き合いですが。犬戒君が修行でこの村を離れるまで、鬼崎君、鴉取君、狐邑君、守護者みな良く一緒に過ごしました。とはいえ、私は彼らと少々歳が離れているので、同じ遊びに興じたというわけではないのですが」 私の知らない、守護者の話? 「どちらかといえば保護者みたいなものでしょうか。特に鴉取君と鬼崎君はすぐ衝突して仲裁が大変でした。けれど不思議と皆なにかあると一緒に居ましたね。お正月も、ババ様に呼ばれる前から自然とここへ集まって、言蔵さんのお料理を振舞われたり……。まるで今日のように」 それと私がどう繋がるのかまだ見えない。 けど卓さんが何の理由もなく、こういう話をするとは思えないから。 こくんと頷いて続きを促すと、再び穏やかな声音がすぐ傍で耳をくすぐりはじめた。 「それを思い出していました。毎年、鴉取くんが鍋奉行を買って出て目を光らせて」 言いながら卓さんの目の前には、その光景が映し出されているのだろう。 ふふっと小さく笑ってから、おもしろくも騒々しいエピソードを披露してくれる。 その場に居なかった、同じ過去を共有していない私にも分け与えてくれるみたいに。 「楽しかったですね」 思わず、私まではいと返事をしたくなるほど丁寧に。 話の繋がりなんて忘れ始めていた時、ごく自然な調子で自分の名を呼ばれてはっと顔があがった。 「珠紀さん、今年が特別楽しかった理由は、あなたが居てくれたからです」 「わた、し……?」 「えぇ、昔とは比較にならないほど、私も彼らも楽しめた理由は珠紀さんの存在です」 「でも……」 私は特になにかしたわけじゃない、けど。 謙遜ではなく純粋に不思議で、再び俯いてしまった。 私はそんな風に言ってもらえるような事してない、いつも助けてもらって、支えてもらって……。 いくらでも浮かんでくる自分の不甲斐なさを読み取ったかのように、いいえ、と優しい声がした。 「あなたが我々の玉依姫でなければ、こうして集まることはなかったでしょう。守護者の一人として誇らしく思います」 私が季封村に関わるきっかけになった千年の絆、それにまつわる数々の不幸な過去。 卓さんが守護者として生まれた意味と、玉依姫として在る私。 考えていたのは、その関係で済む事だけ? 「ここまでは守護者として、の意見です」 私の考えを見抜いているかのように、ふわりと安心させてくれる笑みを浮かべると肩に回っていた手に、少し力が入った。 「ここからは、個人的な……」 月明かりが、音もなく影に遮られる。 闇に溶けてしまいそうな髪の毛が、内緒を照らす明かりを眩ませて、個人的な……二人だけの秘密を隠してくれる。 「どんな理由よりも……愛しい人と、新年を迎えられたのが単純に嬉しかったのですよ」 確かに卓さんは微笑んで、胸の奥が暖かくなるセリフをくれたから。 冷えた唇を温めてあげられるのが嬉しくて、静かに瞳を閉じた。 |
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あとがき
これが2009年一発目の話でした。
あぁ……あたしの緋色好きもここまでキタか、と思いました。
この話を思いついた後、数日で他数人も書いて、正月2日目からブログで更新なんて
今考えると、よくやっちまったもんだと。
愛って偉大。