狗谷遼 彼は彼の、彼女は彼女の
大体の食器を片付け、後を慎司君と美鶴ちゃんにお願いして居間に戻る途中。 廊下にまで響く騒ぎに、真の片付け、が残っていた事を思い出した。 ……あの二人、まだ喧嘩してるのね。 遼と拓磨が、顔を合わせるたびに何かと言い争うのは今日に限ったことじゃないけど、なにも新年早々お目出度い日にまで喧嘩しなくてもいいのに。 しかも、その理由が“どちらがより多くお鍋の肉を食べるか”なんて、些細なきっかけなら尚更。 しょうがない、ここは玉依姫である私が止めに入りますか。 よしっと自分に気合を入れながら居間への襖を開けると、机を挟んで睨みあう遼と拓磨が醸し出す一触即発の気配に、膨らませた気合から呆れ混じりのため息が漏れた。 「前っから、そういうところが気に入らないんだよ、灰色頭」 「はっ。それは俺のセリフだ、赤頭」 喧嘩の道筋が肉から何になったのか分からないけれど、結局、いつもと同じ展開じゃないの。 「いい加減、よく飽きないね。ほんとは二人、すっごく気が合うんじゃない?」 「珠紀、おまえ馬鹿なこと言うな!」 「そうだぜ。冗談じゃない」 目の前に立った私を同じタイミングで見上げ、同じ反応が返ってくる。 やっぱり、気が合うと思うんだけどなぁ。 似てるから同属嫌悪とか、近すぎて磁石のように反発とか、そういう匂いがするんだけど。 本人達が違うと言い張るのは結構だけど、同じ居間にはいつものように居眠りをしている祐一先輩や、はしゃぎ疲れて潰れた真弘先輩もいる。 「はいはい、迷惑になるから、ここまでで終わり」 近くにいるから喧嘩になるなら、どちらかを引き離せばいい。 至極当然な、そしていつも通りの結論を出して、ぶすっとしている遼の手を引き立ち上がらせる。 「ほら、部屋を用意したから行くよ。拓磨は分かるよね? いつもの部屋に布団敷いてあるから。そうそう、真弘先輩達を運ぶのもお願いね」 「お、おいっ、なんで俺が」 「私や美鶴ちゃんじゃ、いくら真弘先輩とはいえ運べないでしょ。祐一先輩はもっと」 「だからって、おいっ」 「文句言わない。これは玉依姫の命令です」 「だってよ、赤頭」 ふふんとせせら笑う遼に、拓磨がきっと眦を吊り上げる。 繋いだ手をほどいて背後から抱き締めようとする遼をいなすと、精一杯威厳を込めて二人に言い渡した。 「遼は黙って! いい? このまま先輩達を居間に寝せておくわけにはいかないでしょ。守護者の中じゃ一番体力があるのが拓磨なんだから、お願い」 「珠紀、一番ってどういう事だ。おまえの一番は俺だろ」 「あーもうっ! 遼は黙って」 どんな言葉が喧嘩の火種になるのか、おちおち会話も出来ないんだから、まったく。 これ以上ここに居たら、私でも止める自信がなくなりそうで、半ば引き摺るように遼の腕を掴んで連れ出した。 ◇◇ 「遼はここで寝て。必要なものがあったら私か美鶴ちゃんに声を掛け……って、きゃあ」 宇賀谷家にいくつもある和室の一つ、実は一番、私の部屋に近いところに通したとたん、温かい感触がうなじに押し当てられて高い声が出てしまった。 「なんだ、おまえの部屋じゃないのか。だが……まぁ、ちょうどいい」 「ちょ、ちょっと、遼……んっ」 うなじから耳朶に移動した唇が、と息が、鼓膜を震わせて手足から力を奪いはじめる。 「ずっと、おまえの美味そうな匂いがして、腹が減ってたんだ」 「だ、め……! みんなに、聴こえちゃ……ぁ」 「聴かせてやればいい。おまえは俺だけの玉依姫だって」 「そん……なっ、の」 駄目、遼にとっては日常レベルのスキンシップでも、人目がある中でじゃれているのと、暗い部屋の中で、それもよりによって一組の布団の前で抱き合ってるのじゃ、意味が違いすぎる。 いつ誰が来てもおかしくないのに、こんなところ見られたらどうすればいいのよ。 敏感になった首筋にかかる遼の髪の毛が、意志の力を裏切ろうとするのを引きとめるのに頭に浮かんだ言葉は、漂いだした雰囲気と正反対のものだった。 「おなか減った、って……。喧嘩するほど、お肉食べてたでしょ」 「……肉……」 あぁ、思い出させてしまった。 そもそも喧嘩を止めるため強引にここに連れてきたのに、巻き戻してどうするのよ、私。 「あいつが邪魔するから、満足するまで食えなかった」 はぁ……絶対、琢磨も同じこと思ってるわね、これは。 やっぱり似た者同士じゃない。 にしても、そんなにお肉が食べたかったのか。 「朝になったら、別々のお皿で、それぞれに朝ご飯用意するから。今はお行儀よくしてて」 お鍋っていうのもいけないのよね、たぶん。 「おまえがそう言うなら、しょうがねぇな。けど、あいつが……」 「はいはい」 再び不満を漏らしはじめた遼を、どこか微笑ましい気持ちで見つめる。 遼はこういう態度だけど、守護者のみんなと付き合うようになって、前より柔らかくなった気がする。 知り合った当初のような、他人を寄せ付けない雰囲気に変わって、一歩引きつつも心の中では寄り添ってくれているような気が。 以前の遼だったら、せっかくお正月だからといくら私が頼んだって、みんなと過ごしてくれていたか分からない。 遼なりの距離のとり方、きっと、拓磨たちも理解してくれているから、喧嘩しつつも仲間はずれになんてしないでくれてる。 遼は遼なりに、みんなと。 私はそれを知ってるから。 「……ねえ、お年玉あげる」 「ん?」 顔をあげた遼の唇に、ほんの一瞬かすめるようなキスをして、すぐに離れる。 今はこれが精一杯。 じゃないと、どうなることやら。 「じゃあ、おやすみ!」 抱き締めてこようとした遼から逃れて、もっと不満そうな舌打ちを背中で聞きながら、緩む頬と共に廊下へ駆け戻った。 |
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あとがき
はじめて書いたから、遼のセクハラ加減と珠紀の狗使いっぷりのバランスが分からんよ……。
何度も、アダルティ〜な方向に流されそうになっちゃって、んもう。
彼には正月も、他の守護者の目(耳?)も、関係ないんだよね。